連載
ガイアが俺にもっと耕せと以下略。「放課後ライトノベル」第57回は『のうりん』でエレガントに田植えし,クレイジーに収穫する
今,“農業もの”がアツい!
『鋼の錬金術師』の荒川弘が,次なる作品として農業高校を舞台にした『銀の匙』の連載を開始したのは記憶に新しい。荒川はそれ以前にも,農家に生まれ育ってきた体験を綴った『百姓貴族』なるエッセイマンガを発表しており,今後もその知識と経験を存分に活かした作品展開が期待される。
マンガの世界には『もやしもん』というヒット作もあり,農業ものが受け入れられる下地があることがすでに示されていた。一見すると色モノのように思えて,その実,農業というのは,物語のテーマとして決して突飛なものではないのだ。
時代は今まさに“農業”! ならばッ! 乗るしかない,このビッグウェーブに! ……と作り手が思ったかどうかは定かではないが,とにもかくにもこのたびライトノベルの世界に颯爽と登場したのが,今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『のうりん』だ。
舞台は農業高校,主人公はそこに通う生徒と,基本を押さえた設定。そこで描かれる,農業うんちくを交えた物語は,必ずや読者の心に何かを残す――はずなのだが,いや実際そうなのだが,とりあえず言いたいことが一つ。どうしてこうなった。
『のうりん』 著者:白鳥士郎 イラストレーター:切符 出版社/レーベル:ソフトバンク クリエイティブ/GA文庫 価格:640円(税込) ISBN:978-4-7973-6690-7 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●知ってるか? 岐阜は最高の農業高校生産地
畑耕作(はたこうさく)は,岐阜県立田茂農林高等学校の2年生。幼なじみの中沢農(なかざわみのり),親友の過真鳥継(かまとりけい)らクラスメイトと共に,勉強や実習に精を出す毎日だ。そんな耕作は,アイドルとして活躍する草壁(くさかべ)ゆかの大ファン。抱き枕を自作する,学校で採れたナスやキュウリをプレゼントとして(匿名で)送るなど,熱の上げっぷりは並々ならず,彼女を己の女神と崇め奉るほど。
だがある日,その草壁ゆかが突然アイドルを引退してしまう。失意のどん底に落ち込む耕作だったが,翌日クラスにやってきた転校生の姿を見て言葉を失う。木下林檎(きのしたりんご)と名乗ったその転校生は,耕作が夢にまで見たアイドル,草壁ゆかその人だったのだ!
なぜアイドルを引退したのか,なぜ耕作たちの高校に転校してきたのか,林檎は自ら語ろうとはしない。だが一度やってきたからには,彼女も立派な農業高校生の一員。彼女に一日も早く学校に慣れてもらうため(そして彼女とお近づきになるため)張り切る耕作。かくしてここに,波瀾万丈の農業高校生活が幕を開ける! ……のか?
●来いよ,何処までもパロディで笑わせてやる
とまあ,そんな感じで始まる本作だが,実のところ農業ネタ以上に目を引くのが,怒濤のように押し寄せてくるギャグとパロディの数々。そもそも帯の文句からして「ガイアが俺にもっと耕せと囁いている」である。
本文もその期待を裏切ることなく「私は一向にかまわんッッ!!」「溶接面(ヘルメット)がなければ即死だった」「植えなイカ?」など,どこかで見たことのあるネタのオンパレード。8月上旬には店頭に並んでいたこの作品に,7月に放映開始されたTVアニメ「輪るピングドラム」のネタが入っていると言えば,その本気具合が伝わるだろうか。
ギャグ系作品の定番であるフォントいじりはもちろん,特筆すべきは挿絵まで巻き込んだネタを仕込んでいること。「あの『ば〜〜〜〜っかじゃねぇの!?』をイラスト付で!」と聞いて,思わず「なん……だと……!?」と思う人は少なくないであろう。そのポテンシャルの一部を公式サイトの体験版(要Adobe Reader)で味わえるので,まずはそちらを覗いてみてほしい。
これだけだとパロネタが分からないと楽しめないのでは,と思うかもしれないが,決してそうではない。農や継,それに良田胡蝶(よしだこちょう,通称お嬢。こちらに向かってくる姿は耕作曰く「進撃の巨乳」)といったクラスメイトたちは,いずれもいい奴らなのだが,なにかとずれたところがあるし,彼らの担任は(婚期的な意味で)なにかと厳しいアラフォー独身女性・戸次菜摘(べっきなつみ,通称ベッキー)。彼らがひとところに集えば,そこはもはや「ゆかたん命」な耕作が時にツッコミ役に回らねばならないほどの笑いの伏魔殿! いやあ,平和ですなあ。
●千の言葉より残酷な“農業”という説得力
農業ものとして紹介するつもりが,あらぬ方向へと話が逸れている本稿だが(逆に言えば,それだけギャグがキレているということでもある……),本作では一年かけて農業高校を取材したというだけあって,農業に関するエピソードもしっかり押さえられている。
主人公たちが農作業中,牛が脱柵する事件に遭遇するという冒頭から始まり,林檎への学校案内や,その後の農業実習,田植えといったイベントによって,農業高校の雰囲気を存分に味わうことができる。合間合間で登場する農業に関するうんちくや用語が,この作品がギャグやおっぱい,パンツ(!)だけでできているわけではないということを我々読者に教えてくれる。
そして見逃してはならないのは,登場人物の口を借りて語られる,農業というものの本質だ。動物にせよ野菜にせよ,農業というものは,自らが扱うものでどうしても自然を傷つけ,時に命を奪わなければならないものだということ。自分たちが生き,そして人々を生かすための農業というのは,さまざまな理不尽さの上に成り立っているのだということ。
そうした現実と正面から向き合いながら,誇りを持って農業に携わっていく耕作たちの姿は,普段の姿がアレなだけに,はっと胸を衝くものがある。そこには「ひどい」「残酷だ」と一面的に断じようとしたり,安易に同情しようとしたりする無関係の第三者の口を閉じさせるだけの力がある。
あとがきによると,ラブもコメも農業も,今後よりマニアックに進化していくという『のうりん』。この作品が,世に空前のアグリカルチャーブームを巻き起こす日も近い……かもしれない。
■ガイアの囁きが聞こえなくても分かる,白鳥士郎作品
著者の白鳥士郎は1977年生まれ。2008年,投稿作の拾い上げから『らじかるエレメンツ』(GA文庫)でデビュー。同作は問題児ばかりが集まる,高校の“化学実験部”を中心とした学園ラブコメ。個性的なキャラ造型や文の端々にパロディを散りばめる作風は,この頃からの持ち味だ。
『らじかるエレメンツ』(著者:白鳥士郎,イラスト:カトウハルアキ/GA文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
続く『蒼海ガールズ!』(GA文庫)は打って変わって海洋もの。国を追われた皇子シューフェンが男子禁制の軍艦に拾われ,少女のフリをしながら奮闘する。刊行当時,萌え属性の一つとして頭角を現しつつあった「男の娘もの」をいち早く取り上げている一方,海戦シーンを始めとする航海の描写が非常に丁寧なのが特徴。こうしたキャラ描写の巧みさや,専門的な内容をしっかりと書き込むスタンスは,『のうりん』にも通じるものがある。
なお,農業をテーマとするライトノベルは,実は『のうりん』が初めてではなく,過去に『ぼくたちには野菜が足りない』(著:淺沼広太/スーパーダッシュ文庫)という作品がある。こちらはこちらで,農業限定の超能力“農力”を持った農業バカの主人公と,異星からやってきた少女によるラブコメという怪作。興味がある人はこちらもぜひ。
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