≫ 注記:もう今更ですけど、本制作日記は
極めてノンフィクションに近いフィクションです。けれど、一冊の本を作る為に、それに関わったあらゆる人間が注いだ情熱は、形には見えずとも間違い無く本物です。4回に亘ってお送りしてきた“土屋つかさの『那由多の軌跡』制作日記
「ノベライズに至る軌跡」”も最終回となりました。どうぞ、最後までお楽しみ下さい!
■土屋つかさの『那由多の軌跡』制作日記
第1回:執筆の依頼が来た!
第2回:スケジュールとの格闘!
第3回:プロットを書き上げろ!
第4回 議論、そして、執筆へ!
「ゲーム」と「小説」のメディア特性の差に悩んで悩んで悩み抜き、ついにプロットが完成。気合いを入れて打ち合わせに臨んだ土屋。しかしここでトラブルが発生というのが前回までのあらすじ。星海社の敏腕編集者平林さんが、打ち合わせに1時間超の大遅刻をしたのです――
◆ ◆ ◆
――と、思わせぶりな引きで前回終わりましたけど、別に「平林さん大遅刻事件」がなにかの伏線になるとか、プロット構築上の思いがけないヒントになったとか、そういう事は特にありません。単に1時間も待ちが発生したので、土屋と4Gamer.netのgingerさんこと田中さん(仮名)との、ゲーマー仲間としての交流が深まったというだけの話でした。期待していた方はごめんなさい。
ともかく、ようやく到着した平林さんは平身低頭で謝り、店を移って昼食になりました。そしてその後、プロット検討に入ります。二人にはあらかじめ作成したプロットをメールしてありました。
「土屋さん、これ、相当攻めてますよね〜」
平林さんは――おっと、言葉が足りませんでした――『待ち合わせに1時間遅れて到着した』平林さんは、プリントアウトしたプロットを指さしながら、そう言いました。それは、あるキャラクターの設定変更に関する物でした。
土屋が提出したプロットでは、ゲーム中に登場する、あるキーキャラクターの立ち位置とでも言うべき設定に、大幅な変更が加えられています。これは、既にゲームをプレイしている方が、もうすぐ発売される小説版を読んでみれば、割と序盤で気づくと思います。それは確かに大きな変更で、更に言えば物語全体に影響を及ぼす物でした。
「はい。ノベライズをするにあたって、この変更はどうしても必要なんです。何故ならば――」
平林さんと田中さん(仮名)に説明を始めます。ここで土屋がどういう理屈を展開したのかについては、敢えて書かないでおきます。是非、本編を読んで『何故こういう形になったのか』について思いを巡らせて頂ければと思います。
その後、三人の「本当にその変更は必要なのか」についての激論が始まります。ノベライズを行う以上、原作の設定がある程度変わってしまうのは仕方の無い事とも言えます。しかし、土屋の修正はノベライズで許される設定変更の範囲を超えているのではないか、原作を提供して頂いている日本ファルコムに対し、責任を取れるのかというのが議論の中心となりました。
次々と繰り出される「こういう風にすれば、元の設定で行けるんじゃないか」という平林さん、田中さん(仮名)の提案に対し、土屋が一つずつ「こういう理由でそれでは駄目なのだ」と返していきます。注記しておくと、平林さんたちは「元の設定で行きたい」訳ではなく、「設定をそこまで変える覚悟が土屋つかさにあるのか」を確認したかったのだと思います。
この議論は、今まで三人で行ってきた打ち合わせの中でもっとも長時間に及びました。そして、最後に、平林さんが言いました。
「OK。このプロットに賭けます。日本ファルコムさんにチェックしてもらいましょう!」
さあ、メーカーチェックです!
◆ ◆ ◆
「面白そうですね。いいんじゃないでしょうか」
日本ファルコム広報さんは、そう言って、土屋のプロットにOKを出してくれました。
……と、いきなりメーカーチェックの話が終わってしまってはもったいないので、ちょっとだけ日本ファルコムの社屋の話を書いておきましょう。
日本ファルコムの会社はエントランスに入ると、歴代ファルコムキャラ(主に女の子)のフィギュアが来訪者をお出迎えしてくれます。並んでいるフィギュアを見ているだけで、この会社の栄光ある歴史を俯瞰している気分になります。
そのフィギュアが並ぶ棚の向こうにガラス張りの会議室があり(この部屋の構造が相当かっこいい)、エントランスと一体化している広報さんエリアに声をかけると、このガラス張り会議室に案内されます。この「入り口――広報室――(恐らくは広報専用の)ガラス張り会議室」の繋がりが、独特な動線になっていて、興味深いです。
写真はグッドスマイルカンパニーのねんどろいどぷち ファルコムヒロイン セット
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その会議室で、今回の共同企画の担当をして頂いている広報さんと、これまでに何度も打ち合わせをさせてもらいました。広報さんはとてもほがらかな方で、かつ、――広報さんは皆さんそうなのかもしれませんが――ファルコム作品に深い愛情を持っている人でした。
更に言うと、広報さんは非常に強い包容力の持ち主でもあって、こちらから「こういうアイデアを考えているのですがどうでしょう?」と聞くと、暫く考えた後に、ほぼ必ず「面白そうですね。いいんじゃないでしょうか」と答えてくれるのです。
しかし、今回のプロットは前述の通り、作品の構造に関わる設定変更を含んでいたので、さすがに「いやちょっと待って下さい」と言われるのを覚悟していました。しかし、土屋のプロットは、思いの外すんなりとファルコム内のメーカーチェックを通過したのです。
もしかしたら、こちらが「舞台を現代にして、学園物で行きたいと思います」と提案していたとしても、広報さんは暫く考えた後で、「ああ、それ面白そうですね。いいんじゃないでしょうか」と言ってくれたかもしれません(冗談ですごめんなさい。あと実際には広報さんだけでなく、他のスタッフさんもチェックしている事を追記しておきます)。
ただ、「面白そうな事にはとことん積極的に行く」という姿勢、あるいはそれが、日本ファルコムの社風なのかもしれません。想像ですが。
ともかく、これでメーカーチェックは通りました。いよいよ執筆です!
◆ ◆ ◆
その前に、一個。チェック後の平林さんとの会話より。
平林「いやあ、チェック通過して良かったですね!」
土屋「そうですね!」
平林「正直言いまして、通らないんじゃないかなと思ってたんですよね」
土屋「……え?」
平林「つっかえされたらどうしようかと思ってました」
土屋「いやあんた、『このプロットに賭けます』とかカッコいい事言ってたよね!?」
平林「いやあ、良かったなあ!」
土屋「おまえええええっ!!」
◆ ◆ ◆
ここから先は、後は書くだけです。年明けと同時に、ひたすら執筆用のノートPCに向かう日々が始まります。
実は、本執筆作業に入ってからは、あまり解説する事がありません。ひたすら文章を生産していくだけだからです。途中で調べ物が必要になって辞書やネットや書店や図書館に駆け込む事はありますが、基本はひたすらキーボードを叩きます(どうでもいい話ですが土屋はローマ字入力派です)。
一つ大事な事があるとすれば、あれだけ時間を掛けて作り込んだプロットですが、執筆が始まると、プロット通りにならない事が往々にしてあるという事です。
そのほとんどは、本文を書いているうちに、プロットの不備・不足箇所を発見するという現象になります。こういう時は、その先の展開に矛盾が出ないように修正しつつ執筆を進めます。執筆中にストーリー上の致命的なミスを発見するというのは、まあ、滅多にありません(その為にプロット作成に時間をかけているのです)。
そして、もっと厄介なのは、書いている途中で「自分が何を書いているかを誤解している事に気づいた時」です。
この感覚を説明するのはちょっと難しいのですが、物語を一旦最後まで書き上げて初めて「あ、この物語を成立させる為にはこういうシーンが必要だ」「ここの会話シーンは全体を通して見ると実は不要だった」という事に気づく事が――土屋に限っての話なのかもしれませんが――多々あるのです。
これに気づくためには一旦最後まで書かなければならないので、書き終わった後で大きな改稿が必要になります。今この制作日記を書いていて気づいたのですが、これが土屋の筆が遅い理由なのかもしれません。プロットをもっともっと作り込んでいれば回避出来る作業なのかも? ――今後の参考にしたいと思います。
そんな訳で、紆余曲折を経て初稿が上がりました! はやる気持ちを抑えて(普通は一日寝かせてから)平林さんに初稿をメールします。さあ、行って来い!
◆ ◆ ◆
さて、原稿が本の形になり、皆様のお手元に届くまでには、様々な人の手による、数限りない工程がまだ待っているのですが(土屋の担当だけでも地獄の改稿作業とか、地獄の著者校作業とか)、「物語を紡ぐ」作業としては、ここまでで一段落となります。完成した本の出来映えについては皆さんのジャッジを仰ぐとして、制作日記はここで筆を置きたいと思います。
いよいよ、この夏にノベライズ版『那由多の軌跡』が発売されます。制作日記は今回で終わりますが、本編の発売が近づいた頃に、また4Gamer.netでの企画更新が予定されており、更に星海社のサイトでは試し読みがスタートします。それらをご覧の上で、「日本ファルコム×星海社×4Gamer.net」がタッグを組み、総力を結集したノベライズ版『那由多の軌跡』、是非とも、お手に取って頂ければと思います。
それでは、またどこかでお会いしましょう。ここまで読んで頂きありがとうございました。土屋つかさでした。
■土屋つかさの『那由多の軌跡』制作日記
第1回:執筆の依頼が来た!
第2回:スケジュールとの格闘!
第3回:プロットを書き上げろ!