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[GDC 2017]現代美術とコンテンポラリーダンスを取り込んだ「バウンド:王国の欠片」は,どのようにして作られたのか
この作品は,抽象画のような世界で,ダンサーのように舞い踊るキャラクターを操作するアクションアドベンチャーゲーム。主人公である妊婦の抱える幼少期のトラウマと内面世界で向き合い,解消していくのが目的だ(関連記事)。
その独特の物語やアート性もさることながら,主人公のモーションはコンテンポラリーダンサーの動きをキャプチャしたものが使われるなど,多分に“芸術的”な作品となっている。
本稿では,「Bound」の制作過程と,いくつかの決定的な転機の知見について本作のデザイナー自らが語った,「Bound: Emotions Through Ballet and Modern Art」と題された講演のレポートをお届けしよう。
「バウンド:王国の欠片」公式サイト
Plasticはポーランドの会社で,もともとはインタラクティブデモなどデジタルアートを制作する会社であった。同社がゲームを作るに至ったのは,2006年にSanta Monica Studioから「PS3向けのゲームを作ってみないか?」というコンタクトがあったのがきっかけだったとのこと。
そして,2008年に「Linger in Shadows」(PS3),2012年に「DATURA」(PS3)をリリースした。いずれも“知る人ぞ知る”系の異色作である。
Plasticは高い技術力を持っている。「風の旅ビト」(PS4/PS3。原題:Journey)のように感情に訴えるゲーム表現は素晴らしかった。そして,Staniszewski氏は,宮崎 駿監督のアニメ作品に登場するような強い女性キャラクターが登場するゲームや,2011年に息子が生まれたことから家族をテーマにしたゲームを作りたいという考えに至ったという。
家族のもろさを暗喩として示すが物語性は薄いゲームで,メカニズムはいわゆるスピードランニング系。主人公の記憶の中でも,家族の誰かがとくに悪く見えるような形にはせず,解釈や判断はプレイヤーに委ねるといったコンセプトはこの時点から決まっていて,「Bound」まで引き継がれることになる。
もっとも,この段階で作られた仕様や設定のうち,「Bound」に実装されたのは10%程度だったとのこと。
最初に作られたプロトタイプで,大量の立方体が波のようにさざめく赤を基調にした非現実世界が生み出された。この表現は,2002年に発表された「Chimera」と2008年に発表された「Texas」という,2つのデモに触発されたものだという。
この段階で,物理演算を使わないと決めたことで負荷が大幅に減少し,破片の変化をより早く処理できるようになったとのこと。
また,本作のテーマは「記憶」なので,世界に出現する細かなオブジェクトにおいても,先述した建物など構造物と同様に「キャラクターが接近すると破片から構築される」という表現を採用した。
しかしこちらの表現は,映像としては面白いのだが,プレイヤーとして見ると「物体の見分けがつきにくい」という問題があった。試行錯誤の末に解決されたが,そう簡単には話が進まなかったそうだ。
タイトルを「Your Kingdom Come」に変更し,テストプレイを始める段階に入ったことで,いよいよ「Bound」は完成へと近づいていく――ように,思えた。
現代美術を利用して世界に“色”をつける
立方体で作られているという類似点から,新造形主義(Neoplasticism)とピエト・モンドリアンの作品が「Your Kingdom Come」にうまく作用することに気付き,いくつかのレベルパートでカラーパレットを変えるという判断をしたのだ。
また,崩壊のジオメトリ表現にあたっては,カジミール・マレーヴィチが主張した,抽象性を徹底するシュプレマティスム(絶対主義)の作品を参考にしたとのこと。
ゲーム内に登場する建築物については,バウハウス(Bauhaus)の建築デザインに始まり,世界各地の現代美術館の建築様式を調べあげ,その要素をゲーム内に取り入れる方向性へと進んでいった。
しかしそれでも,どのステージも同じように見えるという問題は残った。そこで彼らは,ステージを“現代美術作家達に捧げる”ことにした。具体的には,彼らの作品から受けるイメージをステッカーのようなテクスチャにして,プロジェクションマッピングのように,ステージに投影したのだ。
ダンサーとゲームデザイナーの間で
次はキャラクターの話になるが,こちらも問題が山積みだったという。
主人公である“The Princess”のデザインは,ポーランドのCGスタジオPlatige Imageのアートディレクター,Jakub Jablonski氏が作成した。慎重に検討を重ねたThe Princessは,ランナーとしてコンセプト最終版が完成。アニメーターによる手作業ではあるがモーションも付けられた。
しかし,この“最終版”に対するSanta Monica Studiosからのフィードバックは壊滅的なものだったという。
曰く,「キャラクターの表現力が乏しい。女性らしさがない」「ユニークなキャラだと感じられるようにアニメーションを強化する必要がある」「“ゲーム”のキャラクターみたいに感じる」と言った意見が寄せられたそうだ(最後の一つについては,Staniszewski氏も「おいおい,俺達はゲームを作ってるんじゃないのか?」とツッコミを入れていたが)。
一言で言えば「まるで駄目」という酷評である。
そしてついに,ダンスのモーション作成が始まった。最初の段階ではアニメーターが手作業で振付けたので動きは固かったが,それでも画面内で踊るThe Princessに手応えを感じたという。
しかしながら,新たな問題が露見してしまう。
ゲームにおいては,The Princessは梯子を登ったり崖っぷちを歩いたりする。ダンス自体の動画はYouTubeなどを探せば参照すべきものを見つけられるが,梯子を登ったり崖っぷちを歩いている“ダンス”動画などは,そうそう見つかるものではないのだ。
加えて,ダンスの表現がゲームにフィットしたことで,ダンスを増やすためにモーションに対するフィードバックがますます増えていき,手作業で設定するのは不可能な領域に入りつつあったのだ。
そこでStaniszewski氏は,クラシックバレエとコンテンポラリーダンスが踊れて,体操的な動きもできるダンサーを探し,ダンサーのMaria Udod氏,振付師のMichal Goral氏を選んだ。
振付師のGoral氏は,Staniszewski氏の語る「こういうシーンを描きたい」「こういう感情を表現したい」という言葉を振付に落とし込み,それをダンサーのUdod氏に理解できる形で伝えるという,表現者かつ翻訳家としての役割を十全に果たしてくれた。
振付師というクリエイターが,ゲームデザイナーとダンサーという異なる領域のクリエーターをつないだことで,より高度な表現を実現することができたといえるだろう。
そして,テストプレイを経て,「Bound」としてリリースされたのである。
「Bound」は,PlayStation VRに対応しているが,一人称視点ではなくThe Princessがプレイヤーの視界に入る三人称視点でプレイすることになる。
しかしながら,実際にPlayStation VRでプレイした人からは,「ダンサーがそこにいるかのような感覚になる」という感想が次々に寄せられたという。人によっては一種の宗教的な体験と絶賛するほどで,VRのおかげで2Dを超えるレベルまでプレイ体験を高めてくれると,Staniszewski氏はまとめた。
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