― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年1月18日掲載

 今回は,“ゲーム業界と戦う弁護士”として活動している,アメリカのジャック・トンプソン弁護士の続報である。「Grand Theft Auto: San Andreas」の「Hot Coffee MOD」や「The Sims 2」のヌードパッチなどに関連して昨夏はずいぶんと暴れ回っていたが,その後も,(ゲームよりも?)面白い話題を提供し続けているようだ。その言動の不用意さがたたって自身の地位も危うくなってきているようなので,そのあたりを中心にまとめてみよう。

 

業界の話題をさらった反ゲーム弁護士の顛末

 

■ゲームを食い物にするアンビュランスチェイサー

 

 当連載の第44回「セックススキャンダルを仕掛ける男」でも詳しく紹介したJack Thompson(ジャック・トンプソン)氏は,フロリダで弁護士の資格を取得し,信心深い保守派の多いアメリカ南部を基盤に活動している。  '90年代半ばから「反ゲーム弁護士」として名を上げ,「DOOM」や「Duke Nukem 3D」から,最近では「Grand Theft Auto III」や「25 to Life」まで,やり玉に挙げられたソフトは多い。
 第44回でもお伝えしたように,とても“過激”とは思えない「The Sims 2」にさえ難癖をつける有様で,最近ではもっぱら「一攫千金を狙ったアンビュランスチェイサーの成れの果てではないか」と言われている。“アンビュランスチェイサー”とは,弁護士の人数が日本の20倍というアメリカにおいて,過当競争を生き抜くために,交通事故の被害者を乗せた救急車を追いかけてまで仕事にありつこうという,“浅ましいハゲタカ”のようなニュアンスのある言葉である。
 もちろん彼は,最近も相変わらずだ。ロシアの教会にナイフを持った若者が押し入って,8人を死傷させる事件が昨年12月に起こった。この容疑者が「Postal」を遊んでいたとの証言から,トンプソン氏は在米ロシア大使館に書簡を送って,弁護人に立候補したという。しかし,Postalシリーズには,ナイフで人を殺戮するシーンは登場しない。ゲーム嫌いのトンプソン氏が暴力表現の多いゲームを逐一プレイしているとも思えないが,大体いつもこんな感じのアンビュランスチェイサーっぷりなのである。

フロリダ州公認弁護士ジャック・トンプソン氏。'90年代にはラップなど音楽業界を激しく糾弾していたが,「DOOM」を境に,ゲームソフトの過激表現を問題視するようになった。敬虔なキリスト教徒だと公言しているが,その言動の不用意さが彼の立場を危うくし始めている

 トンプソン氏は,日本人にとって,“対岸の放火犯”とはいえない。アラバマ州で,未成年によるバットを使った殺人事件が起こり,この少年がGrand Theft Auto IIIに熱中していたという証言から,開発元のTake-Two Interactiveだけでなく,プレイステーション2を販売したSony Computer Entertainment of Americaやゲームの評価を行う任意団体のESA(Electronic Software Association),さらにはゲームを売るGameStop.comやWal-Martなどの小売店までを訴えている。
 昨年8月にはカプコンの「Killer 7」にも噛み付いており,このソフトのESRB(ESAの行っているゲームの評価基準)を,17歳以上のMレーティングから,店頭販売できないAOレーティング(Adults Only/18歳未満禁止)へと変更するよう求めていた。この書簡は,テレビ番組で暴力ゲームに苦言を呈したHillary Clinton(ヒラリー・クリントン)氏や,カリフォルニアで暴力ゲーム規制法案の成立を訴えるLeland Yee(レランド・イー)氏ら,この連載でも何度か登場した議員達に送られており,「Grand Theft Auto: San Andreas」のセックスMOD「Hot Coffee」などとも絡んで,当時はあわや“反ゲーム・ネットワーク”の成立か,という状況にまでなっていた。

■トンプソン氏の“謙虚なゲーム制作提案”

 

トンプソン氏からやり玉に挙げられたこともある,カプコンのニンテンドーゲームキューブ/プレイステーション2用アクションソフト「Killer 7」

 Killer 7でのイザコザにはオマケもある。トンプソン氏と,自身のWebサイトでゲーム系のアニメ/コミックを発表しているScott Ramsoomair(スコット・ラムスーマイア)氏とのEメールでのやり取りが,公開されているのだ。
 なんでも,トンプソン氏が議員達に宛てたメールに,ラムスーマイア氏のアドレスが紛れ込んでいたのが,ことの発端のようだ。ラムスーマイア氏はKiller 7を擁護するレスを出し,それに逆上したトンプソン氏は,何度かのメールやりとりののちに「これ以上メールを返信してきたら訴える」とまで発言してしまう。
 しかしこのような恫喝は彼にとって日常茶飯事らしく,自分の口の汚さも「聖書で保障されている」と言ってはばからない。ニュースサイトの記者など,果敢にトンプソン氏にコンタクトを図る人達との間で交わされた,「お前らゲーマーはクスリのやり過ぎで狂ってしまったのか?」「馬鹿野郎。早く消えてくれ」といった激しい言葉の数々(もちろんどれもトンプソン氏側の言葉)が,インターネット上でさらされている始末だ。

 このように,アメリカのゲーム業界やインターネット上で大暴れしていたトンプソン氏だが,昨年10月中旬になって,「私の考える殺人シミュレーションゲームを制作してくれれば,制作者の名前で,好みのチャリティに1万ドル(約120万円)の寄付を行う」との趣旨で,「Modest Video Game Proposal」(謙虚なゲーム制作の提案)を公開した。その提案とは,謙虚でもなんでもなく,いわば暴力ゲームの変種である。トンプソン氏が考え出したストーリーは,

 主人公オーサキ・キムの息子が,14歳のゲーマーによってバットで撲殺されてしまう事件が発生。訴訟では犯行とゲームとの関係が証明されたものの,ゲーム業界にまで司法の手は伸びず,犯人も死刑ではなく,終身刑との判決がなされる。これに不服だったキムは,息子の復讐を誓って,ゲーム開発会社や小売店に押し入っていく……。

 というもの。かなり過激な内容で,なぜ突然このような提案をしたのか,トンプソン氏の真意は誰にも分からずじまい。主人公が日本人と韓国人の名字をくっつけたような名前になっているという見識のなさには,アメリカ人達も苦笑いするしかなかったようだ。

 とはいえ現実とは皮肉なもので,GTAのMOD開発チームとして人気のあるFighting Hellfish Productionsが,たまたま同様の趣旨のMODゲームをSan Andreas用に開発していたのだから面白い。数日も経たないうちに細部が変更されて,「Defamation of Character: A Jack Thompson Murder Simulator」というMODパッチがリリースされることになった。
 トンプソン氏の企画と異なる部分といえば,目の前に立ちはだかるゲーム会社や警察を倒していく主人公が,トンプソン氏自身だったということくらいだ。
 当然のごとく,トンプソン氏はこのソフトの登場に無視を決め込んだものの,アメリカのシアトルをベースにするWeb系コミックアーティストの公式サイトPenny Arcadeが,ジャック・トンプソンの名義で1万ドルをチャリティに寄付する大掛かりな“ジョーク”にまで発展した。

 

■反暴力ゲーム戦線に異状あり!?

 

 チャリティへの募金で勝手に名前を使われたのはハラスメントだとして,訴訟を起こす構えを見せたトンプソン氏だが,ここまで来ると弁護士の特権を個人利用しているとしか思えない。図らずもアラバマ州の地方裁判所から,日頃の言動に問題があるとして,州内での弁護活動許可を取り下げられることとなってしまう。これは,3億ドルという大規模な訴訟だった,同州のベースボールバット殺人事件の担当弁護士から外されるということを意味する。
 さらに,支持団体として,トンプソン氏の公式サイト“ストップキル”(現在はアクセス不可)に名を連ねていたNIMF(National Institute on Media and the Family)が,彼の横暴にたまりかねて,「我々はトンプソン弁護士の活動を正式にサポートしたことはない」として,サイトからのリンクの削除を要請。そのうえ,現在はフロリダ州の弁護士会からも免許剥奪を考慮に入れた実態調査に乗り出されているなど,トンプソン氏はもはや四面楚歌の状態へと追い込まれてしまった。

トンプソン氏のゲーム企画公開に合わせるかのように登場した,Grand Theft Auto: San Andreas用MOD「Defamation of Character: A Jack Thompson Murder Simulator」。もう何がなんだかワカラナイ状態に

 2005年後半は,アメリカのテレビ番組からゲーム系ニュースサイトまで,幅広く話題になり続けていたジャック・トンプソン氏。各方面での行き過ぎた言動が目立っていたために今では冷ややかな視線を浴びているが,当人には,暴力ゲームの企画を出すなどの無謀な活動を反省している様子はない。ただ彼も方向転換を狙っているのか,最近はAmazon.comが卑猥な記述のある書籍を売っているとの理由で,法廷に持ち込もうとしているらしい。
 もっとも,トンプソン氏の事務所に殺人予告を送りつけたとして,FBIがテキサス州に住む16歳の少年を逮捕する事件も起きており,これではトンプソン氏の攻撃に冷静に対処してきたゲーム業界もたまったものではないだろう。
 事実はゲームよりも奇なり。ここ数か月間,暴力ゲームに絡んだ問題に注目してきた当連載だが,その影響範囲はあまりにも幅広く,我々の予想を上回るスピードで展開していった。

 最近の業界の動向を見ていると,欧米のゲーム開発者達も,業界内部から“ゲームと暴力”という課題に積極的に取り組んでいるようである。結局は,トンプソン氏のような過激な反ゲーム言論による強制ではなく,ゲーム開発者やゲーマー達が進んで考えていくべき問題なのだろう。

 


来週は,オンラインゲームをめぐる政治的規制の話をお伝えしよう

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。フジテレビ系列でドラマ「西遊記」の放送が始まったというニュースを読み,昔の日本テレビ作品を検索しては,「ゴダイゴのモンキー・マジックっていい曲だよなあ」「夏目雅子って大人になって見るとえらくベッピンだなあ」と,昔の思い出にひたっているという奥谷氏。彼は,数年前のイギリス取材旅行中に,BBCでこのドラマシリーズ(もちろん堺正章が主演した日テレバージョン)の特集番組を目にして,かの国では未だに多くの人達の心をつかんでいるのを知ったのだとか。ちなみに奥谷氏は今でも,「猪八戒はPigsy,沙悟浄はSandyと呼ばれていた」をトリビアとして愛用している。


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