― 連載 ―

奥谷海人のAccess Accepted
2006年4月19日掲載

 欧米の大学では,最近,ゲームに関する様々なリサーチが行われているようだ。ゲームがインタラクティブなメディアであるということに注目している研究者は多く,開発者が感覚的に理解はしていても,実際に論文として書かれてこなかった“ゲームの科学”が,ようやく発展し始めたと言えるだろう。今回は,先のGame Developers Conferenceで発表されたゲーム関連研究の「10個の発見」なるものに目を向けてみたい。果たしてそれは?

 

欧米でのゲームリサーチ10大発見

 

 ここ数年のGDC(Game Developers Conference)を見ていると,ゲーム開発者と学術関係者が密接に連携しつつあることが分かる。長らくゲームには否定的だった学者や研究者達も,ゲームというインタラクティブメディアの教育,福祉,軍事,社会訓練などの分野における予想外の有用性を認め,それをポジティブに受け入れ始めているのだ。
 また,ゲーム開発者達も,研究者らの成果をゲームデザインやゲームのメカニズムに取り込もうとする傾向にある。社会行動学や人間工学,経済学などの様々な分野での専門家達の研究成果は,それまで“職人技”という曖昧なものに支配されてきたゲーム開発プロセスを,より明確に具現化すると考えられているためだ。「America's Army」や「Food Force」のように政府や国際機関と連携した作品が作られたり,“シリアスゲーム”というカテゴリが生まれたのも,このような協力関係に基づくものである。

UCバークレーで“新メディア学”の博士号を取得中のジェーン・マクゴニガル氏。学業の傍ら専門学校でゲームについて講義したり,舞台劇や独立系映画のプロデュースをしたりと,幅広く活躍しているようだ

 今年のGDCでは,そうしたゲームに関する学術研究者達の1年の成果を,順位を付けて発表するという面白いイベントが行われていた。「Top 10 Video Game Research Finding」(ビデオゲームリサーチに関する10大発見)というなかなか大仰なタイトルの講演は,ジョージア工科大学助教授のIan Bogost(イアン・ボゴスト),オハイオ州立大学の客員教授Mia Consalvo(ミア・コンサルボ),そしてカリフォルニア大学(UC)バークレー校で博士号を取得中のJane McGonigal(ジェーン・マクゴニガル)の3氏によって開かれたもの。ちなみに,最近はあまりにも多くゲーム関連のリサーチが行われているという理由から,今回の10大発見はもっぱら人文科学の研究に絞られていた。
 ちなみに今年のGDCは,参加人数が多かったためか,講義会場から観衆があふれ出るケースが多く,火災など万一の事故で混乱が起きないよう消防局からの指導が行われたとのこと。この講義も例外ではなく,すべて席が埋まり次第,誰も室内に入れなくなったので,筆者もドアの外で音声だけを聞く破目に陥った。しかし,幸いにしてマクゴニガル氏によって紙資料も公開されたので,その10大発見とやらをここに紹介しよう。

 

プレイヤーの遊びの効率に,音楽はどのように影響するか?

研究者:Gianna Cassidy (グラスゴー・カレドニア大学)

論文:The Effect of Aggressive and Relaxing Popular Music on Driving Game

画面は「Need for Speed: Most Wanted」。ゲームの没入度は音楽では左右されない? オーディオ系の開発者には少しショッキングなニュースだ

 「Need for Speed: Most Wanted」のようなレーシングゲームを使って,BGMがプレイヤーにどのような影響を与えているのかを研究。「スピード」「正確性」「感情の高揚」そして「注意力」の四つが,音楽の変化でどのように変わっていくのかを調べている。これは,2003年に行われた別の研究で,「ボタンを押す動作と遊び効率」の関連性が指摘されたことに対する,別の角度からのアプローチであるようだが,結果として,大きな変化はなかったらしい。ただし,実験に参加したテスターの好きな音楽を聞かせたところ,意外なほどの効果が確認されたという例もあった。

 

プレイヤーは,ゲーム内でのボイスチャットをどのように考えているか?

研究者:Kevin Hew,Martin Gibbs,Greg Wadley (メルボルン大学)

論文:Usability and Sociablity of the Xbox Live Voice Channel

 コンシューマ機では,Xboxのサービス「Xbox Live」で初めて利用されることになったボイスチャットだが,この新しいコミュニケーション手段に対し,ユーザーがどのように感じているのかをリサーチしたもの。複数グループに分けての実験では,ユーザビリティの悪さが社交的になるチャンスを潰し,ゲーム中,実際に聞きたいコメントではないものを聞かされるという不満があるなど,コントロールできないコンテンツとしての不足感があったという。ボイスチャット技術は革新的でも,ボイスコミュニケーションの質やゲームに特化した利用法の開拓が必要であることをうかがわせる。

 

ジェスチャーコントローラは楽しいが,ゲームにとって有効か?

研究者:Stephan Griffin (ジョージア技術大学)

論文:Push. Play: An Examination of the Gameplay Button

 ゲームコントローラのようなボタンで操作するインタフェースについての研究であり,次期リリース予定の任天堂のRevolutionや,音楽ゲームに多い特殊デバイスの一般化を意識したものだろう。ここでグリフィン氏は「ボタンは抽象的な概念の操作に向いている」としながらも,指以外を利用するデバイスについても,体を動かすことでプレイヤーの努力や表現力が向上すると結論づけている。ジェスチャーコントローラに対応したゲームデザインを考慮する必要性を指摘するとともに,ゲームにおけるボタンコントローラとの互換性は今後調査されていくべきことだとした。

 

オンラインゲームで,ほかのプレイヤーの存在は熱中要因になるのか?

研究者:Cheryl Campanella Bracken (クリーブランド州立大学)

論文:Online Video Games and Gamer's Sensation of Spatial,Social, and Co-Presence

「City of Heroes」の安定した人気は,イベントをうまく成功させてプレイヤーの間にコミュニティ意識が芽生えたからだと言える

 ほかのプレイヤーが存在するオンラインゲームの世界は,オフラインと比べてどのような影響をプレイヤーにもたらしているのかを調査したもの。協力的なプレイスタイルを持つMMORPGでは「物理的空間」「社交」「共存」の三つのポイントでほかのプレイヤーの存在がプレイヤーを熱中させる主要因になっているとするが,FPSなど敵対的なプレイスタイルのゲームでは,敵をBOT(コンピューター操作のキャラクター)程度にしか見なさない傾向になると指摘。良い協力的プレイを供給できることが,MMORPGの成功につながるとしている。

 

プレイヤーは,ゲーム開発者が考えるほどチート行為をしているのか?

研究者:Dale Miller,Penny Visser,Brian Staub (スタンフォード大学/シカゴ大学)

論文:How Surveillance Begets Perceptions of Dishonesty

 このリサーチは,実際にゲームやプレイヤーを対象に行われたものではないが,開発者(あるいは,MMORPGの運営者)にとっては考慮しておくべきことだという。実験は,複数の学生がテストを受けているのを観察している人達に,あらかじめ特定の学生がカンニング行為の常習者であることを耳打ちしておくというもので,この学生がカンニングをしていないにもかかわらず,複数の観察者がカンニングしているのを目撃したと主張したらしい。MMOGでは,フェアな審判がなければ運営者のイメージも凋落してしまいかねないだろう。

 

プレイヤーがコントロールできるカメラ視点のうち,革命的なゲームデザインとして残されている使用法は?

研究者:Michael Nitsche (ジョージア技術大学)

論文:Games,Montage,and the First Point of View

次世代的のゲーム型のモンタージュ(編集)技法だと評価されたプレイステーション2用のホラーゲーム「サイレン」

 プレイヤーの視点とゲーム画面が一致する一人称視点のゲーム演出は,映像モンタージュに対比され得る“インタラクティブ・モンタージュ”であるというニーチェ氏のリサーチ。ゲームに映画理論をそのまま当てはめるリスクを認めながらも,プレイステーション2の「サイレン」に見られる“サイト・ジャッキング”システムや,FPSのスナイパー・モードなど“異なるカット”を挿入して映像を“編集”することで,より機能的な効果がもたらされると記述している。

 

プレイヤーは,オンラインコミュニケーションにどのような戦略を用いているか? そしてこの戦略を利用したより良いデザインとは?

研究者:Tony Maninnen,Tomi Kujanp(オウル大学)

論文:The Hunt for Collaborative War Gaming

オンラインゲームでは,ゲーマー達の間でチャット代わりにジェスチャーを使うなどの独自コミュニケーションも生まれている。画像は「バトルフィールド2」

 「Battlefield 1942」や「Counter-Strike」からサンプルを採り,プレイヤー達がいかに本来ゲームでサポートされていないコミュニケーション手法を利用し,戦略的に用いているのかをフィンランドのオウル大学が研究している。具体的には,キャラクターの体を利用する代わりに銃で進行方向を指すなど,慣れた仲間達の間で普通に行われているジェスチャーなどのことだ。クランや地域によって手段が異なるため,このあたりのサポートをゲームに盛り込むべきではないかと提唱している。

 

アイ・トラッキング機器のようなデバイスは,マウス以上に楽しさをもたらすか?

研究者:Erika Jonsson (スウェーデン王立工科大学)

論文:If Looks Could Kill: An Evaluation of Eye Tracking in Computer Games

 ユーザーの視線を感知する“アイ・トラッキング”と呼ばれるデバイスを使い,その効果を調べたもの。古めのソフトだが「Sacrifice」や「Half-Life」のようなPCゲームを使用しての実験では,アイ・トラッキング機器とマウスを併用することで最もストレスが少なくなる,としている。また,普段ゲームをしない人ではアイ・トラッキング機器の使用がマウスより良い結果を残す事例が数多く見られるなど,アイ・トラッキング機器が意外と効果的であることを示唆している。

 

スピーチや感情表現を混合させた表情アニメーションを,ゲーム開発者はどのように制作しているか?

研究者:Y.Cao,W.Tien,P. Faloustos,F. Pighin
(カリフォルニア大学ロサンジェルス校/南カリフォルニア大学)

論文:Expressive Speech-Driven Facial Animation

「Half-Life 2」以降の表情アニメーション技術は,アメリカのゲーム業界で大きな話題になっている。しかし,開発者の負担は相当なものだろう

 このリサーチは,キャラクターのスピーチとストーリーを,より詳細にコーディネートすることの重要性を説いたもの。最近では,「Half-Life 2」のように高度な表情アニメーションを実現したゲームソフトも少なくないが,プレイヤーがどのように感情を読み取るかは,個人の精神的状態によっても変化するとする。汎用技術やコスト面でのハードルもまだまだ高く,アニメーターにとっても大きな負担になっているとも述べられている。

 

成功と失敗は,プレイヤーのゲーム参加にどのような影響をもたらすか?

研究者:Niklas Ravaj (ヘルシンキ経済経営学院)

論文:The Psychophysiology of Video Gaming: Phasic Emotional Responses to Game Event

成功するより,失敗したときのほうがグッとゲームに惹き付けられる? SEGAの「Monkey Bowlign 2」を使った面白い調査の結果である

 SEGAの「Monkey Bowling 2」を利用し,プレイヤーがゲームを通して成功や失敗を繰り返していくうち,どのような感情の変化が起こるかを調査した。この研究では,失敗したときのほうが成功したときよりもプレイヤーに感情的な高ぶりが見られるとしている。ただし,難度が高くて失敗が重なると逆効果となるほか,ゲームの目的へ強制的に誘導されるのも感情の減少に通じるとする。「失敗がどれだけ楽しいか,開発中のゲームで考える」のも重要かもしれないと,マクゴニガル氏は締めくくっている。

 

 

 “10大発見”な割には案外地味に感じるが,実際の学術研究とは,このような小さなステップの積み重ねで成り立っているものなのだ。論文に目を通した限りでは,データ収集に協力したテスターの人数なども決して多くなく,まだまだ次の研究を待っている段階にあるようだった。
 しかし,映画産業では1960年代から,コンピュータグラフィックスでは1980年代後半からそれぞれの分野で学術的な研究が続けられて知識が蓄積され,最近になって大きな成果を収めている。したがって,ゲームに関するリサーチがここ数年の間に盛んに行われている事実を見るだけでも,ゲーム産業の将来は明るいと言えるかもしれない。今回紹介されたリサーチが,果たしてどのような結果(つまりはゲーム)へつながるのか? ゲーム産業と学術機関の蜜月関係は,今後も深まっていくことだろう。

 

 


次回は,RTSの劇的変化について。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。奥谷氏の住むサンフランシスコは今年,6週間で雨の降らなかった日が5日にも満たないという異常な春の長雨を経験した。もともと砂地の上に立つ都市であるため,市街地のアチコチで道路や公園が陥没しているという。先日,彼が公園でサッカーしていたところ,草むらに隠れるようにできていた小さな穴にはまって足を挫いてしまったという。もうすぐ体力勝負のE3取材が始まるというのに,果たして大丈夫なのだろうか?


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http://www.4gamer.net/weekly/kaito/075/kaito_075.shtml