3Dグラフィックスやブロードバンドの発展で,FPSやRTSのようなジャンルのゲームが人気になるのに反比例して,元気がなくなっていったのがシミュレーションゲームだ。しかし,最近,クオリティに妥協を許さない「本格派シミュレーションゲーム」が復活しそうな気配が見えてきた。果たして,乗り物系シミュレーションはDirectX 10以降のトレンドになり得るだろうか?
ゲーム技術の進化に置き去りにされたジャンルとは?
ゲームで利用されるテクノロジーは,日進月歩で進化する。例えば,グラフィックス技術はDirectXやグラフィックスチップの劇的な進化に合わせて,10年前には自分PCの上で動くとは思えなかったハイクオリティのCGを表現できるようになった。また,3Dの登場人物が動き回り,地面や壁だけでなく,キャラクターの衣服や皮膚にまで立体感がもたらされた。さらには魔法や爆発のエフェクトが派手になったかと思えば,最近では波の動きや日光の反射などもリアリティ溢れるものになっている。
グラフィックスチップ(GPU)がCPUを越えるほどの演算処理能力を備えるに至った昨今,そのあり余るパワーで別の効果も強化しようとする動きが見られる。オブジェクトの動きを物理法則に則って計算する物理効果や,キャラクターの表現に影響するアニメーションや思考ルーチン(AI)といった効果である。
PhysXのテクニカルデモとも言える「CellFactor: Combat Training」。AgeiaのPhysXの登場で,今後,物理効果を多用したゲームが増えてくるはず。新たなゲームの遊び方も提唱されていくだろう
ことに,物理演算はゲームプレイに直接影響するため,ここしばらくの間に大きな進歩が見られた。多くのPCゲームファンならご存じのように,AGEIA TechnologiesがPhysX PPUという初の物理演算専用プロセッサー(PPU)を開発し,それを搭載したフィジックスカードが数社から発売されている。また,「Half-Life 2」や「The Elder Scrolls IV: Oblivion」に利用されている「Havok」物理エンジンもその領域を広げつつある。ちなみに,このような群雄割拠の中,ゲーム開発会社が混乱しないよう,Microsoftは物理系APIを規格化したDirectPhysicsを,次期DirectX(DirectX 11?)に取り込もうとしているようだ。
こうした技術革新の恩恵を最も受けているのが,PCゲームでいえば一人称視点型シューティング(FPS)と,リアルタイムストラテジー(RTS)である。ひと頃のElectronic Entertainment Expo(E3)では,新作PCソフトの60%がこの二つのジャンルで占められていたほどだ。
一口にシミュレーションゲームといっても……
シミュレーションゲームの大御所「Flight Simulator」は,その歴史と存在感からPCゲームを語るうえでなくてはならない作品。新作「Microsoft Flight Simulator X」は,ゲーム技術やボリュームだけでなく,乗り物系シミュレーションの将来を占う存在としても興味深い
そういったFPSやRTS人気の高まりを受け,ちょっと前までPCゲームの代名詞のような存在だったロールプレイングや,アクション性の少ないピュアなアドベンチャーといったジャンルは,長期間にわたって停滞することになった。最近,ようやく復活の兆しを見せているとはいえ,まだまだ昔の栄光を取り戻しているとは言い難い。そして,同じくファン層をすっかり減らしてしまったのが,Microsoft Flight Simulatorシリーズに代表される,本格的なシミュレーションゲームである。
というわけで,前置きが長かったが,ここで最近のシミュレーションゲームの動向を探ってみよう。とはいえ,シミュレーションゲームと簡単に言っても,実際にはかなりのサブジャンルが存在するので,まずはそれらを紹介する。ただし,以下の分類はあくまで執筆の便宜によるもので,一概に「これ」と言えないゲームも数多く存在している。
Flight Simulator
PCゲームでは最も古いゲームジャンルの一つであり,そもそもは1982年,MicrosoftがSubLogicの開発していた「Flight Simulator」をライセンスしたのが始まり。その後,アーケードゲーム風のシューティング要素を取り入れたいわゆる“コンバットフライトシミュレータ”が人気となり,「F-16 Fighting Falcon」(1987年),「Red Baron」(1990年),「F-117A Stealth Fighter」などがその代表作となった。しかし,分厚いバインダー風のパイロットマニュアルも付いた「Falcon 4.0」(1998年)の時代になると,そのあまりにも難解な操作性のため,ファン層は激減した。
Indianapolis 500
筆者にとって,これをマイナージャンルと呼ぶのはしのびないが,コンシューマ機での人気とは裏腹に,PC市場ではやはりマイナー。フライトシムと同じく,ヨーロッパの独立系開発元に多くを依存しているのが実情だ。本格的なレーシングシミュレーションの幕開けとなったのは,Electronic Artsからリリースされた「Indianapolis 500」で,1989年の話だ。アメリカでしか話題にならないインディ500レースが素材だが,そのドライビングに関する物理シミュレーションは,それ以降リリースされたレーシングシムのスタンダードになったと言って間違いない。
SimCity
ごく少数の大傑作と,無数の駄作で構成されるのが経営/都市建設シミュレーション。いわゆる箱庭系ゲームだ。1989年の「SimCity」は,それまでの“ゲーム”の概念とあまりにかけ離れており,開発者のWill Wright (ウィル・ライト)氏が,あちこちのパブリッシャに売り回ったあげく,ようやくBroderbundから発売されたという過去を持つ。その後,シド・マイヤー(Sid Meier)氏の「Railroad Tycoon」(1990年)や「Sid Meier's Civilization」(1991年)などが登場し,大きなジャンルとして花開いた。「Capitalism」(1995年)のような本道の経営シムだけでなく,“タイクーンゲーム”と呼ばれる廉価なタイトルも大量にリリースされている。
Panzer General
経営シムと同じく戦略性の高いゲーム性を持つが,内容が戦争に特化している点が特徴。ウォーゲームとも呼ばれる。その歴史は古く,ウォーゲームで有名なSSIは1979年から活動しており,これまで「Computer Bismark」(1985年)から「Panzer General」(1995年)まで,数多くの作品をリリースした。日本の「大戦略」(1985年)シリーズのようにヘックスで区切られたマップを基本にしたターン制のものが主流で,「Axis & Allies」(1998年)のようにボードゲームをベースとするものが多かった。これをリアルタイムにして生産/経営の要素を加味したのがRTSであるわけだが,1990年中期,完全に主役の座を奪われた。
シムピープル
ほかのシミュレーションジャンルの衰退を尻目に,21世紀のPCゲーム市場を引っ張っているのが,2000年4月の登場以来,累計6000万本をリリースしたというThe Simsシリーズである。以来,ライフ(生活)シミュレーションとか,ライフスタイルシミュレーションとも呼ばれるサブジャンルへと大きく発展した。類似作がいくつか作られたが,大きく見て,Peter Molyneux(ピーター・モリニュー)氏などが得意とする“ゴッド・シム”をその仲間と見ることも可能だろう。「Nintendogs」(2005年)のような育成シムも,ある意味,同じジャンルであると考えられている。
今後,“乗り物”系シミュレーションブームが再燃する?
年末にリリースされる予定の「Microsoft Flight Simulator X」は,次期OS「Windows Vista」に搭載されるDirectXのショーケース的なゲームとして我々の前に登場する。Microsoftの持つゲームラインナップは,大手ゲームパブリッシャにも引けを取らないほど充実したものだが,テクニカルデモとしてフライトシムに白羽の矢が立てられたというのが興味深い。
「DOOM」が売れると一斉にFPSを作り始め,「Warcraft」や「Command & Conquer」に続けとRTSを量産させている欧米のゲーム開発者達は,果たしてMicrosoft Flight Simulator Xの登場でシミュレーションゲームに目を向けるだろうか? 「Counter-Strike」や「Halo」をプレイしてオンライン上で戦い,「Grand Theft Auto 3」といったギャングアクションで散々流血シーンを見てきたゲーマー達は,ここらでゆっくり空を飛び回りたいと思うだろうか? 最新のグラフィックスや物理効果を使った,驚くようなシミュレータは出てこないのだろうか?
実際のところ,フライトシムに限定してしまうと,どこを叩いても何も出てこないのが現状ではある。しかし,ほかの“乗り物”へ範囲を広げてみると,意外にもいろいろレーダーに引っ掛かってくるのだ。
知る人ぞ知るAuranの新作「Trainz Railroad Simulator 2006」は,その名の通り列車の運転を楽しむシミュレーションである。1996年にアーケード用ゲームとして登場した「電車でGO!」に影響を受け,Microsoftが「Microsoft Train Simulator」をリリースしたのが2001年のこと。本作も同じ路線とはいえ,早々と消えていったMicrosoftのトレインシムと違って,登場以来,確実にプレイヤーの人気を獲得していったのだ。
2月にリリースされたTrainz Railroad Simulator 2006は,中国の上海を走るリニアモーターカーをはじめとする,150種にも及ぶ車両を取り上げている。5万種類以上に及ぶさまざまなデータをインターネット経由で気軽にダウンロードしてゲーム内に取り込むというシステムになっており,まさに他社の追随を許さないほどのデータ量が圧巻だ。
さらに,乗り物系のシミュレーションとしてかなり異色と言えるのがニュージーランドのVStepの処女作「Ship Simulator 2006」である。コンテナ船からタグボート,果てはタイタニック号までを操縦できるという一風変わったシミュレーションゲームで,舵の重さも船の大きさによって違っているという凝りよう。うまく停泊させることを目的としたミッションが中心になっており,ロッテルダム港やタイのピピ島周辺などを航海できる。今のところ,遊べる海域はさほど広くないが,フライトシムと同じく,いずれ世界が一つに結ばれそうな予感がする。ロゴがMicrosoftの某作品に似ているのはご愛嬌。
海つながりで,もう一つ紹介しておきたいのが「Trackmania Sunrise」で一部のゲーマーから強い支持を得たNadeoが開発する,もう一つの海洋シミュレーション「Virtual Skipper 4」である。船は船でも,競技用セイルボートを操るレガッタのゲームで,サンフランシスコからマルセイユまで,リアルに再現された風景が絶品だ。多彩なカメラワークが自慢のリプレイ録画機能や,オンラインでの対戦モードなど,さまざまな機能を持っている。
思えば,今回の記事に登場したMicrosoft Flight Simulatorの兄弟ソフトとして,「Microsoft Space Simulator」(1995年)という,宇宙船での生活を体感する奇妙な作品がリリースされたこともある。モーターボートからブルドーザーまで,PC上に再現できそうなネタはゴロゴロしているので,ゲーム開発者のみなさんには,ぜひシミュレーションゲームにもう一花を咲かせてもらいたいと願っている。
次回は,デジタルディストリビューションについて考えます。