連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2006年11月22日掲載

 「America's Army」の成功で,アメリカ軍部とゲーム業界は親密な関係を築きつつある。同ゲームは軍事シミュレータとしての基本を維持しながらエンターテイメントとして楽しく,さらにリクルートや軍のイメージ向上などの広報面でも大きな効果を発揮しているのだ。そんなアメリカ軍は,新作FPS「PRISM」でも,若者達のハートを鷲づかみにできるだろうか?

 

意外と歴史のあるゲームソフトの軍事利用

 

意外と歴史のあるゲームソフトの軍事利用

 

 無料配布されているFPS,「America's Army」を制作したのがアメリカ陸軍であることは,多くの人が知っているだろう。最初のバージョンがリリースされたのは2002年のことで,以来,何度もアップデートを繰り返すことで人気を維持し,今では750万人を超える登録者数を誇るまでになっている。このゲームが社会やゲーム業界に与えた影響に関して知りたい人は当連載の「America's Armyの舞台裏」などを読んでほしい。
 ゲーム制作の目的は陸軍の広報および新兵のリクルートにあり,後者については十分に成功したと考えられている。なにしろ,アメリカの陸軍士官学校の新入生の20%近くが「入隊前にAmerica's Armyをプレイした経験がある」と答えているというのだ。
 登場してから4年半が経とうとしているが,Ubisoft EntertainmentによってPlayStation 2に移植されたほか,なぜか韓国で正式サービスが予定されている(関連記事)など,最近もたびたび話題になっている。軍事予算で開発されたゲームが商業用に転化され,作った側も予期していなかった展開を見せているのだ。

 

まだ,ゲームソフトで軍事訓練を行うことがアメリカ軍内で浸透してしなかった1990年代には,商業ソフトを軍事訓練に転用した「Marine DOOM」が作られている

 America's Armyは軍が一般に向けて行う広報活動の一つだが,士官学校でも訓練用シミュレーションとして活用されている。もっとも,軍がゲームを訓練として利用するのは今に始まったことではない。1980年には,オーストラリア海軍の協力を得て開発された海戦シミュレーションの名作「Harpoon」があるし,我々に馴染み深いところでは,1996年に海兵隊のトレーニングプログラムとして開発された「Marine DOOM」が挙げられるだろう。

 戦略的思考や意思決定の訓練に役立てるという目的で企画されたMarine DOOMは,タイトルから分かるように,「DOOM II」のゲームエンジンをライセンスして制作されている。チームリーダー,二人のライフルマン,一人のマシンガンナーの計四人が一組になって,お互いにコミュニケーションをとりながら,要人救出や敵のバンカー破壊などのミッションをこなしていくというFPSだ。
 もっとも,DOOM IIエンジンのグラフィックスは完全な3Dではなかったため,ユーザビリティへの不満が多く,翌1997年にはGood Times Interactiveというゲーム会社が,海兵隊へ「Battlezone Zero」という3Dソフトを提供することについて契約している。
 会社名やタイトルにまったく聞き覚えのないことから想像できるだろうが,Battlezone Zeroの開発は失敗に終わり,軍事/商業用のソフトとして活用されることはなかった。

 余談だが,このように軍の訓練に使われるようなゲームが市販されることに対する懸念を示す人も少なくない。暴力的なゲームがプレイヤーの攻撃的行動を助長するのは,軍が「訓練に使い成果を上げている」という事実からも明確だというのである。
 こうした暴力的なゲームとプレイヤーの攻撃的行動の関連については,いずれまた稿を改めて取り上げたいと思っている。

 

 

海軍,陸軍,海兵隊に州兵……,
みんなで作れば怖くない?

 

 いまや,軍のために開発されていたシミュレーションが商業用に転用されるのは珍しくない話だ。アメリカ陸軍のためにPandemic Studiosが開発し,THQから発売された「Full Spectrum Warrior」(2004年)はかなりの人気を獲得したタイトルになった。また,もともとは海軍の潜水艦訓練プログラムだったSonalysts Combat Simulationsの「Dangerous Waters」(2005年)や,海兵隊の全面協力を得て開発されたDestineerの「Close Combat: First to Fight」(2005年)など,ここ数年を見ても,相当な数のゲームが軍事用シミュレーションをその原点にしている。

州兵の訓練/広報ゲーム「PRISM: Threat Level Red」。商用バージョンを手がけるRival Interactiveは,「Real War」というRTSを開発したことがある。Real Warはボスニア紛争に対応する陸軍のため作っていたシミュレータが結局はキャンセルされ,そのプログラムを流用して作ったものだった

 さて,新しいところでは,アメリカ時間の11月21日に二つめのデモがリリースされた「PRISM: Threat Level Red」がある。このゲームのベースとなったのは,アメリカ陸軍州兵(Army National Guard)のための訓練プログラム「PRISM: Black Shield」で,アクションものに定評のあるイギリスのRebellionが開発している。これを元にPCとXbox 360で発売される商業版は,アメリカの首都ワシントンD.C.に近いバージニア州のRival Interactiveが手がけており,オランダに本社を置くPlaylogicがパブリッシングを担当するという,インターナショナルなタイトルになっている。ヨーロッパでは今年中のリリースを見込んでいるとのこと。
 PRISM: Threat Level Redは,対テロ用オペレーションの訓練が目的で,ゴールデンゲートブリッジなどの観光名所や,空港や美術館,ショッピングモールといった,人が多く,テロリストに狙われやすい場所が舞台となる。PRISMとは,「Preemptive Reconnaissance and Identification Security Mainframe」(先制的偵察と身分確認/安全保障のためのメインフレーム)の略で,ゲームは,ステルスを駆使して敵地に潜入し,テロリストが行動を起こす前に,それを見極めて速やかに対処するという,現実の彼らの任務に即した内容になっている。

 今のところ,詳細についてはほとんど報じられていないが,「PRISM: Guard Shield」というシリーズの別タイトルも開発中であり,新兵のリクルートを目的に作られたこちらのゲームは,America's Armyと同様にアメリカ陸軍州兵の公式サイトや,いろいろなゲームサイトからダウンロードできるようになったばかりだ。
 さらには,PRISM: Guard Shieldの携帯ゲームのβ版が無料でダウンロードできるなど,America's Army以上に多様な広報戦略が予定されているのが分かる。約33万人の規模を持つアメリカ陸軍州兵だが,未だにイラクへの派兵に伴う問題が解決し切れていない昨今ゆえに,新たな隊員の不足は深刻のようだ。アメリカの軍事組織間で,ゲームというメディアを利用した,熾烈な新兵獲得競争が巻き起こるかもしれない。

 

 


来週は,インターネットでのゲーム事件簿。お楽しみに。

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。ガレージの扉を閉め忘れてしまった奥谷氏。翌朝,中のガラクタを点検してみると,義兄のデイビッドからもらったマウンテンバイクが盗まれていたのが分かったらしい。一回近所を一周しただけで,もらってから10日ほどしか経っていなかったという。仕方なくデイビッドにその話をして謝ったところ,なんとフレームだけで800ドルもするという高級マウンテンバイクだったことが判明。奥谷氏は,今さらながら悔しそうにしているが,なんでガレージの扉を閉めずに寝てしまったのかは思い出せないそうである。年末なので,戸締まりにはぜひ気をつけていただきたい。


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