連載 : 奥谷海人のAccess Accepted


奥谷海人のAccess Accepted

2007年8月10日掲載

 転職,延期,買収,と毎日のように新たな動きのあるアメリカのゲーム業界。とくにこの夏は,ピーター・ムーア氏のMicrosoft辞職,「Grand Theft Auto IV」の発売延期,Disney InteractiveによるJunction Point Studiosの買収といった,インパクトの強い出来事が立て続けに起きた。今回は,この三つのニュースを掘り下げて解説しよう。

 

最近気になる三つの「なぜ?」

 

なぜ,ピーター・ムーア氏はMSを辞めたのか

 

 長らくMicrosoft Entertainment and Devices Divisionの副社長として,Xbox 360やGames for Windowsに関わってきたPeter Moore(ピーター・ムーア)氏が,E3 Media & Business Summit 2007直後の7月17日に同社を辞職した。今後は,Electronic Artsの新しいSports部門を取り仕切ることになるという。

 

アメリカでは幹部と一般雇用者の賃金格差が300倍というが,ムーア氏も相当な給与を得ることになっているようだ。しかし,シリーズもののゲームばかりのEA Sportsで何をするのだろうか?

 1955年にイギリスのリバプールで生まれたムーア氏は,プロサッカー選手としてアメリカに移住し,その後スポーツシューズの販売をする過程でリーボックと関わりを持つようになり,活躍の舞台をかえた人物だ。その後,Sega of Americaで,NINTENDOやSONYとのハードウェア戦争の先頭に立ったことがあるので,その名前を聞いたことがある人もいるだろう。現世代のゲーム機として一足先に登場したXbox 360のリリースに際してMicrosoftのエンターテイメント部門の副社長となり,Xbox 360を欧米で定着させた功績は大きい。

 しかし,これまでのXbox関連事業が積み上げてきた累積赤字を解消するには至らなかったうえ,Xbox 360ハードウェアの技術的なトラブルに対する批判が増え,一部の不具合に対して保証期間の延長を行う決定を強いられるなど事態は悪化。表向きには,これがムーア氏の辞任へとつながったとされるが,Xbox 360をほかのハードと競合できるように育てた彼の功績はゆるぎなく,かえって「外様に厳しいMicrosoft」というイメージを,世間に植え付ける結果となった。

 そのような辞任理由の是非はともかく,EAへの移籍はムーア氏個人にとっては,それほど悪い話でもないようだ。彼は以前からMicrosoftのあるシアトル近郊には馴染まなかったようで,Sega時代から第2の故郷にしてきたサンフランシスコへ戻ることを願っていたといわれている。家族もサンフランシスコに留まったままで単身赴任を続けていたらしく,以前インタビューで名刺を渡したときに筆者のオフィスがサンフランシスコにあることから,地元や家族の話をしたことがある。
 また,Electronic Artsから,年間55万ドル(約6500万円),初年度は移籍料込みで150万ドル(約1億7000万円)という高額な報酬を受けることになっていると言われる。さらに,ストックオプションは3億円近くにもなる5万株,そして引越料として35万ドル(約4000万円)までがEAから用意されるという,信じられないような優遇ぶりだ。
 今後,日本のゲーマーとの接点は少なくなると思うが,ムーア氏は自身が大好きなスポーツゲームに専念できるのだから,彼の転職は大成功といえるかもしれない。

 

 

なぜ,「Grand Theft Auto IV」は
発売延期になったのか

 

 さて,ムーア氏が辞任する一週間ほど前のE3 Media and Business Summit 2007で,意気揚々と語っていたのがXbox 360の年末向けラインナップだ。「Halo 3」「MADDEN NFL 2008」,そして「Grand Theft Auto IV」(以下,GTA IV)という,アメリカのソフトウェア販売で史上最大の売り上げを記録した2004年度のヒット作上位3タイトルのシリーズ最新作が,すべて遊べるのはXbox 360だけだと語っていたのである。
 ところが,Rockstar Games (Take-Two Interactive)が開発するGTA IVは,2007年10月にXbox 360とPlayStation 3で同時発売される計画だったのだが,残念ながら2008年4月へと延期されてしまった。

 

Take-Two Interactiveの開発部門であるRockstar Gamesが制作している「Grand Theft Auto IV」。本社Take-Two Interactiveの救世主のような存在だが,発売は延びてしまった。発売延期はTake-Twoばかりでなく,MicrosoftやSONYにとってもかなりの痛手だ

 「出れば大ヒット間違いなし」のGTA IVだけに,MicrosoftとSONYの両陣営では,以前から激しい誘致合戦を行っていた。先手を取ったのはMicrosoftで,2007年4月にはMicrosoftとTake-Two Interactiveの間で戦略協定が結ばれて,Xbox Liveで追加のエピソディック・コンテンツが配信されることが決定していた。
 ところが,GTA IVをPlayStation 3の目玉としたいSONYも,人材協力を含む惜しみのない投資をTake-Two Interactiveに行い,Xbox 360版との同時発売の確約を取り付けるのだが,複数ハードでの開発を同時進行するのは想像以上に厳しく,発売の遅延へと結びついたようだ。同時リリースという決定事項は放棄できないため,結果としてXbox 360版の遅延もやむを得ない状態になってしまった。

 年末商戦を牽引するゲームと当て込んでいたMicrosoftとSONYにとっては痛手だが,その影響を直接受けるのは,当然ながらTake-Two Interactive。8月2日の発表以来,同社の株価は原稿執筆時点で19%も下落してしまっている。同社は,「第120回:GTAのTake-Twoに起きた株主の反逆劇」でも報じたとおり,ここしばらくの経営低迷で3月には社長や役員が解任されている。そして,6月にも社員の多くが解雇されており,年末までに人件費だけで2500万ドル(約30億円)を削減する計画を発表したばかりだ。ラインナップに暴力的な内容のゲームが多いことから相変わらず裁判沙汰も絶えず,GTA IVの販売延期は,この状況に追い打ちをかけることになりそうだ。

 

 

なぜ,ウォーレン・スペクター氏は
ディズニー傘下に下ったのか

 

スペクター氏は,「Junction Point」というMMORPGを構想していたはずだが,新作はディズニーキャラのMMOになるのだろうか? ちなみに,「Deus Ex 3」は彼の手を離れてEidosが新設したカナダ支部で開発されている

 ゲーム業界全般にとっては地味なニュースだが,コアなゲーマーからは大きな反響があったのが,Warren Spector(ウォーレン・スペクター)氏のJunction Point Studiosを,Disney Interactiveが買収したというニュースである。スペクター氏といえば,テーブルトークで有名なTSR出身のプロデューサーで,Origin時代の「Ultima Underworld」から「Thief」や「Deus Ex」など,一人称視点にこだわったゲームの開発に携わってきた人物だ。氏の手がける作品は,ダークで大人向けの世界観やテーマが人気だったので,明るいイメージのディズニーに参加することにギャップを感じる人は少なくない。

 スペクター氏はアニメーションに造詣が深く,アニメーション学科を卒業し,ディズニーアニメの卒論を書いたという。TSRに就職する以前は,大学でアニメーションの歴史や理論について教鞭をとっていた経歴を持つ。自身も,「85年近い歴史のあるディズニーで働けるというまたとないチャンスを逃せるわけがない」というような発言を何度もしている。
 こんな発言を聞くと,個人としてディズニーに転職するようなイメージが強いが,実際には2005年に氏が設立したJunction Point Studiosが買収されたのである。Junction Pointの作品は,「Half-Life 2」のSourceエンジンを使ってSteamで流通させるとか,ファンタジー系のストーリーでエピソディックにするといった概要が聞こえてきていただけに,あまりにも急激な方向転換といわざるを得ない。

 Junction Point Studiosの買収で主導権を握ったのは,Disney Interactiveのようだ。ここ数年は,大ヒットした「キングダム・ハーツ」に加え,「Toontown Online」などカジュアルなオンラインゲーム分野も好調なことから,ブラウザゲーム「Club Penguin」を3億5000万ドル(約410億円)で買収するなど,ゲームビジネスに本腰を入れ始めている。
 スペクター氏の率いるJunction Point Studiosに,Disneyのインタラクティブ部門の看板となる自社ソフトを生み出してもらい,ゲーム産業に本格的な足掛かりを作っておきたいという狙いがあるのだろう。数年後のゲーム業界では,Disney Interactiveが確固たる地位を築いていたりするかもしれない。

 

 

■■奥谷海人(ライター)■■
本誌海外特派員。奥谷氏が暮らしているサンフランシスコは,夏なのに気温が18度にもならない状態が続いているという。なんでも,北から流れてくる海流によってもたらされる冷たい空気が,内陸部の熱い空気と衝突して霧が発生し,冷却現象が起きて気温が上がらないらしい。そんな環境で過ごしていることもあり,すっかり暑さへの耐性を失ってしまったようで,気温が高めの内陸部に2時間ほどいたことで大汗をかき,しかも汗疹で苦しんでいるのだとか。もうお盆をゆっくり日本で過ごすなんていうことは無理っぽいですね。


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