現在のように血液の役割などが分かっていなくとも,昔の人々は,血液が生命と密接な関係にあることに気がついていた。人々は,血を流すことで生命力が低下し,いずれは死ぬことに怯えた。そうした恐怖はやがて,血をすすり人々の生命を脅かすヴァンパイアという存在を生み出すこととなった。
ヴァンパイアにまつわる伝説/物語は世界中に残っているが,その代表格はなんといっても,ブラムストーカーの描いたドラキュラ(Dracula)だろう。これは19世紀のルーマニアを舞台にした小説で,トランンシルヴァニアの城に住むドラキュラ伯爵が,夜な夜な近隣の人々の血をすすり,被害にあった人々も吸血鬼化してしまうというものだ。後に物語の舞台はイギリスへと移り,ハーカーとその仲間がドラキュラ退治に乗り出すという内容になっている。この物語の影響は非常に大きく,ドラキュラは個人名でありながらも,ヴァンパイアと混同されることが多々ある。
ヴァンパイアをテーマにした物語はたくさんあるが,どれも特徴は似ているので,ここでまとめて紹介しておこう。ヴァンパイアはコウモリや霧に姿を変えることが可能で,ネズミ/コウモリ/オオカミなどの群れを操り,その姿は鏡には映らないとされている。日中は棺の中で寝ており,夜になると外へ飛び出して人々の血をすする。血を吸われた人はヴァンパイアになってしまうという,伝染病を連想させる特徴もある。
また非常に優れた再生能力があることから,物理的に破壊できず,例え破壊したとしても,霧などに姿を変えて棺桶に戻り,休息することで再生できる。弱点は聖水,十字架,ニンニク,流れる川(渡れない),バラの花(とくに白バラ)だという言い伝えがある。また銀の武器/弾丸なども非常に有効であるらしい。これらは致命傷を与えられないものの,ヴァンパイアを退かせる効果があるようだ。
ヴァンパイアを倒すには,棺桶で寝ているヴァンパイアの胸を白木の杭で貫くか,日光の下に一定時間さらすことである。ただし,物語のドラキュラなどでは夕日を眺めるシーンもあるため,かなり強い日光でなければ致命傷を受けないようだ。
ブラムストーカーのドラキュラにはモデルがいる。それは「串刺し公」との異名を持つヴラド・ツェペシュである。彼は1431年に,ワラキア公ヴラド二世の王子として生まれた。ヴラド二世は賢明で勇敢な人物だったので,神聖ローマ帝国から「ドラゴンナイト」の称号を授かり,戦場ではドラゴンの旗を掲げて進軍した。そうしたことからヴラド2世は,ヴラド・ドラクル(Vlad Dracul)と呼ばれることもあったそうだ。ちなみにドラクルとは,ルーマニア語でドラゴンの意である。
そんな偉大な父の元に生を受けたヴラド・ツェペシュは,ドラクルの息子ということで,「ドラクル」+「ア」(子供を示す)=「ドラクラ」(Dracula)と呼ばれていたという。さらにヴラド自身の署名も「ヴラディスラウス・ドラクリア(Wladislanus Drakulya)」などとなっていることから,ヴラドがドラキュラの原型になったことは間違いない。
なぜ彼は串刺し公と呼ばれるようになったのか。ヴラドが生まれた時代,ワラキアはトルコの脅威にさらされており,ヴラドは王位を継承すると専制君主となって軍隊を編成/育成し,積極的に侵略者と戦った。しかし刃向かう者をことごとく串刺しの刑にしたことから,ヴラドは近隣諸国から憎悪と恐怖の的となっていったのである。なお少々眉唾な部分もあるが,ヴラドの串刺しによる犠牲者数は10万人とも言われている。
今日のルーマニアでは,ヴラドは祖国の英雄として評価されているという話もある。彼の決死の戦いと,串刺しというパフォーマンスは,脅威であったトルコ軍の侵略を1世紀近くも食い止めただけでなく,周りの国々がトルコに併合される中,ルーマニアだけは独立国として認められたのである。
強く,美しく,(敵国から見れば)邪悪な彼から派生したヴァンパイアは,今なお世界中のモンスター/ホラーファンを魅了しているのだから,その存在はあまりにも巨大だ。
4Gamer誌上で連載されていた「剣と魔法の博物館」が,ソフトバンククリエイティブを通じて書籍化され,9月11日に発売されることとなった。価格は1890円(税込)。
書籍のタイトルは「新説 RPG幻想事典 剣と魔法の博物誌」。4Gamerではお馴染みのライター Murayama氏が手がけた連載が,(30歳前後のファンタジーファンならご存じかもしれない)「RPG 幻想事典」という人気書籍シリーズの,10年ぶりの最新刊という形で出版されることになったのである。
書籍化にあたっては,全篇にわたって補足説明/内容修正が行われているほか,「フラガラッハ」「ジュワイユース」といった,連載未収録武器に関するコラムを多数追加。つるみとしゆき氏のイラストに関しても,モノクロではあるがすべて収録。さらに表紙を飾るカラーイラストも描き起こしてもらっている。興味のある人は,書店で本書を探す目印として,右のカバー画像を目に焼き付けておいてほしい。