ミノタウロスは獣人型のモンスターで,牛の頭に人間の体を持つ異形として描かれることが多い。人間よりも数回り大きな体躯をしており,斧や棍棒といった武器を好んで使うほか,突進による体当たりや,角を用いた攻撃を繰り出すこともある。それらの攻撃はいずれも強力で,どれを受けても致命傷となりうるので,冒険者にとっては,かなりやっかいな存在といえるだろう。
ミノタウロスの起源は,ギリシャ神話に求められる。クレタ島の領主にミノスという王がいたのだが,彼は海神ポセイドンから白い雄牛を借り受けており,その恩恵もあって,クレタ島を平和に治めていたとされている。
白い雄牛は,ポセイドンに生け贄として捧げる(返却する)予定だったが,これを惜しんだミノス王は,別の牛を生け贄として捧げてしまった。このことにポセイドンは怒り,ミノス王の妻であるパシパエに魔法をかけ,牛に愛情を抱かせた。こうしてパシパエと雄牛との間に生まれたのが,半牛半人の子供だったのだ。
その異形の子供は,当初アステリオス(Asterios)と名付けられたが,やがてミノス王の牛という意味で“ミノタウロス”(Minotaur)と呼ばれることになった。
成長するにつれて凶暴になっていくミノタウロスに困り果てたミノス王は,お抱えの職人ダイダロスに迷宮ラビュリントス(Labyrinthos)を作らせると,最深部にミノタウロスを幽閉。以後,生け贄として毎年7人ずつの少年少女を捧げることにした。
ある年のこと,生け贄の中にテセウス(Theseus)という人物がいた。彼はミノタウロス退治のために自ら生け贄に志願し,クレタ島へとやってきた勇者である。ミノス王の娘アリアドネに惚れられるという幸運もあり,彼女から麻糸玉をもらうと迷宮の入り口に麻糸を結び,麻糸を伸ばして帰路を確保しながら迷宮を進んでいった。そして迷宮の最深部で寝ていたミノタウロスを屠って名声を上げ,故郷のアテナイへ帰ると王になったとされている。
ミノス王が,牛の恩恵を受けて国を統治していた逸話からも分かるように,クレタ島の人々にとって,牛は特別な存在だった。古くからクレタ島を中心に聖牛信仰が存在していたらしく,しばしば牛を生け贄として神に捧げていたほか,暴れる牛の角を飛び越したり,背にまたがったりといった儀式が行われていた(ちなみに,現在の闘牛のルーツも,聖牛信仰に由来しているという説がある)。
またクレタ島では,斧を重視していたと思われる要素も多い。ミノタウロスが閉じこめられたとされる迷宮ラビュリントスは,クレタ島のクノッソス宮殿(両刃の斧の城の意)をモチーフにして生まれた存在。ラビュリントスという名は,斧を示すラブロス/ラビュロス(Labrys)という単語が変化して生まれたというのだ。ちなみに現在では,英語でも迷宮のことをラビリンス(Labyrinth)と呼ぶので,ミノタウロスにまつわる逸話の影響は,非常に大きなモノだったに違いない。
前述した聖牛信仰や,斧を重視した文化を考えると,ミノタウロスはクレタ文明を象徴する由緒正しい存在だったことが分かる。またクレタ文明は,地中海で猛威を振るっていたこともあって,近隣諸国から恐れられていた時期があった。そうした歴史を振り返れば,ミノタウロスの半牛半人という姿も,斧を振り回す姿が多く描かれていることも,性格が荒々しいということも,すべて納得がいくというものだろう。