長沢氏:
先ほどちょっとだけ触れましたが,韓国のトリックスターと日本のトリックスターの一番大きな違いとしては,まずイメージイラストがそうです。韓国のテイストをそのままもってくることもできましたし,基本的に当時のほとんどのオンラインゲームでは,韓国のものをそのまま使っていました。でも,ユーザーへのアプローチ手段として使うとき,韓国テイストのものはどこか違う。
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4Gamer:
そうですね,例えば,なんとなく線が太いとか細いとか……。
長沢氏:
それとキャラクターのバランスも,日本で好まれるものと違う感じがします。子供達に喜ばれる表現,表情の描き方において,韓国は韓国でカチッと定まった形式がある。
4Gamer:
一種の記号となっている表現は,そうかもしれませんね。もちろん,日本には日本の記号があるわけで。
長沢氏:
ですので,それをそのまま持ってきても,僕らが望むだけのアプローチはできないと考えて,イラストはすべて差し替えました。
加えて,イラスト自体にある種の“色”が着くのは避けたかったので――例えばメジャーな作家さんに描いてもらうと,何々を描いた誰々さんがトリックスターの絵を描きましたという感じになる。それはあまり望んでおらず,まるまるフラットなところから「トリックスターはこう」というのを推し進めていきたかったわけです。それで,イラストレータさんの集まるコミュニティに入って,さまざまな絵柄やスタンスを見,そのなかからピックアップして,イラストレータさんを決めました。
4Gamer:
イメージイラストやキャラクターデザインについては,一人の方がやっているんでしょうか?
長沢氏:
ええ,基本的なところは一人です。タイミングによって,別の人が描いたりすることもありますが,基本には一人の方を中心に進めています。
4Gamer:
それでいながら,その人の個性ではなくて,トリックスターという作品のイメージとしてそれを打ち出していくと。
長沢氏:
そうです,あくまでトリックスターという枠組みのなかで,必要不可欠なものとしてビジュアルイラストが存在している,ということです。ゲームから独立してイメージだけが動き出してしまうのは,我々の望むところではないわけです。
うまくゲームと噛み合って,日本におけるトリックスターはイラストも含めてこう,というイメージが出来上がるのが,望ましかったのです。
4Gamer:
そうやってブランドというか,イメージを作り上げていくのが,パブリッシャとしての仕事というわけですね。
長沢氏:
そのほかに我々がやったことといえば……もともと韓国でもいろいろなアイテムやペットがあったわけですが,それぞれのペットやアイテムにファンを付けたい,ということです。一緒に戦うペットに愛着を持ってくれる人を,できる限り多くしたいと,当初から考えていました。 ペットといえどもしょせんはアイテムであり,回復薬などと同じようなものなんですけど,そう割り切らずに,我々が推していきたい部分についてはイラストも差し替えて,表面に出していったということです。
4Gamer:
確かにほかのゲームでもペットは出てきていましたが,あまり目立っている印象はなかったですよね,当時。
長沢氏:
そう,どうしてもシューティングゲーム「グラディウス」のオプションみたいに,便利なだけの存在だった。
もともとのトリックスターは,ペットの種類こそ多様でしたが,そのまま世に出したのでは,オプションの域を超えられない。用途に応じて使う種類を替える,剣のようなものに留まる。でも,僕らが望むペットはそうではなくて,一緒に働いてくれる仲間というイメージにしたかったですし,ペットに対する思い入れを作り出していきたかった。
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4Gamer:
そうなると,ペットの“プロデュース”ですね。さしづめ。
長沢氏:
これはペットに限らないんですが,価値なり魅力なりといったものを,プレイヤーにどう伝えるかというのは,手間もかかりますし――いや,アイテムごとにバックストーリーとか考えるのは本当にたいへんなんですが,必要なことではないかと。
4Gamer:
韓国から持ってきただけの状態だと,凝った因縁というか,バックグラウンドを書き込んだ作品は……確かに少ない印象ですね。ある意味「リネージュ」が貴重な例外だったというか。
長沢氏:
韓国で求められているものと,日本で求められるものが,そもそも違うというのもあります。そこを日本向けに変えていった,というところでしょうか?
AOGCでお話しする「パブリッシャって何なの?」という題材に関して,僕が言いたいのはそういうことなんですね。韓国のゲームをもってきて,翻訳して市場に出しますという作業自体は,あくまでパブリッシャが最低限やるべきレベルにすぎません。「ローカライズ」というのは,言語の問題だけではないんです。例えばアイテムのあり方や,見せ方を日本向けにカスタマイズしていくことが,ローカライズの本質的な部分だと思います。
4Gamer:
なるほど……。こうあるべき,というお話としてはしばしば聞きますが,それを実現している貴重な例かもしれません。ただ,グローバルに製品展開を行う側の立場からすると,あまり仕様が枝分かれするとアップデートが大変になるといったような問題が,浮上してくると思います。そのあたりについてはいかがですか?
長沢氏:
ええ,いろいろなバージョンが世の中に転がっていると,パッチを当てたりするのもたいへんですし,できること/できないことが出てくると思います。
ただ,例えばイメージイラストやストーリー展開といった部分,ゲームのクライアントソフトに関係ないところでも,できることはいっぱいあるわけです。それをやっているかどうかが,大きいと思うんです。
4Gamer:
クライアントソフトに,手を入れられる/入れられない,という問題はさておいて,できることはあると。
長沢氏:
クライアントソフトに手が入れられれば,それに越したことはないのですが,そのためにシステムが不安定になったり,トラブルが起きたりしては意味がない。
そうでなく,とにかくやれることからやっていかないと,何も前に進まないので。その意味では,クライアントソフトに依存しないところで,ローカライズ/カスタマイズしていける部分は,いろいろあるはずです。
4Gamer:
ゲーム自体の“カルチャライズ”とは,また別のところで取り組める話だということですね?
長沢氏:
まさにそのとおりです。例えばPvPじゃなくてほかのプレイ要素を入れてよ,などという話だと,かなり大がかりなことになる。ワールドワイドで展開している作品で,それができる/できないという話になったとき,そう簡単にはできない。
それはそれで議論しながら落としどころを探っていけばよいと思うんですが,それとは別にパブリッシャとしてやるべき業務の中に,言語だけでなく,システムに関わるところだけでなく,できることがある,ということです。