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連載 : ゲーマーのための読書案内


ゲーマーのための読書案内

空襲で焼け出されても,お酒が楽しみな内田百閒
第8回:『東京焼盡』→WWII航空戦モチーフ

 

『東京焼盡』
著者:内田百閒
版元:中央公論新社
発行:1978年8月(原書は1955年)
価格:939円(税込)
ISBN:978-4122005617

 

 本日は終戦記念日である。有名人が綴った戦中日記の出版がこの2~3年流行しているわけだが,今回は内田百閒の『東京焼盡』(とうきょうしょうじん。「盡」は「尽」の旧字体)を取り上げよう。自由闊達な生き様と洒脱なエッセイで知られる文学者 内田百閒は,「行ク所モ無カツタシ又逃ゲ出スト云フ気持ガイヤダツタ」ため戦時下の東京に残り,連日の空襲で街が焼けていくなかでの日常生活を綴っている。
 本書はその日記の中から,昭和19年11月1日の本格的な空襲警報に始まり,昭和20年8月21日,つまり戦争が終わって空襲警報がなくなった直後までの時期について抜き書きしたものだ。空襲で家を焼け出され,近所の男爵家の使用人小屋に奥さんともども避難し,9日間も米粒を口にできないといった耐乏生活に喘ぎつつも,思索的かつユーモアに溢れる筆致で日々の出来事が記されている。

 実際「お粥の水気(みずけ)が水気(すいき)になつた。お粥の中毒とはこれ如何」「ろくろく食べる物も無し。炭も無し。をかしな事に成りに鳧(けり)」といった,起きている事態はわびしいことこのうえないのに,本人は気に病んでいない風の一節は,実に百閒らしい飄々たる語り口である。
 その一方で「気やくその悪い大政翼賛会が解散する事になつた由。新聞記事を読みて胸のすく思ひなり」といった,社会情勢に対する姿勢や,「この間内大した警報もなく余りこはい目に会つてゐないのでそんな筈はないないと思ひながら安きを貪つてゐると何となく胸がつかへた様な気がした。今夜の空襲にて溜飲が下がつた」などという,人間心理に向けられた鋭い観察眼も健在だ。
 また,焼け出されたその日,地図を持ち出せなかったことを思い出して「東京の地図は東京がこんなになつてゐる際,後で見るには特に惜しい事をした様に思はれる」と書いてみたり,「手紙を書かうと思つてゐる内にその町が無くなつてしまふ。日本もえらい事になつたと思ふ」と述べたりしているあたりからは,なんというか,起きている事態と記述者の組み合わせが生み出す,実に不思議な認識が感じ取れるのである。

 さて,百閒の当時の住まいは四谷/市ヶ谷近辺であったから,3月9日から10日にかけて下町を襲った,いわゆる「東京大空襲」についての記述はそれほど詳しくないのだが,記録によればこの一晩で約8万8000人の死者が出,約27万世帯が焼けて100万人以上が住むところを失っている。
 こうした事態について考える材料になるPCゲームとしては,戦略級ストラテジーの「太平洋戦記2」や,第二次世界大戦の航空戦を扱った「空軍大戦略」などもあるが,最も示唆的な作品といえば,かつてホビージャパンが発売した「戦略空軍」であろうか。連合国による戦略爆撃の方針となった「ボトルネック理論」に基づいて,都市やベアリング工場,水力発電所などへの爆撃と防空を扱った,セミリアルタイム制のゲームだった。
 防空側でのプレイについていえば,ドイツ編はともかく日本編はどうにも絶望的。日本の場合工業インフラも人口も東京に集中しているというのに,迎撃に当てられる戦闘機部隊は機体性能も機数もまるで足りず,まして高射砲などアテにできるはずもない。プレイヤーは指をくわえて,東京が灰になるのを見守るしかないのだ。ゲームの主眼はドイツ編にあって,なかなか興味深い作品だったのだが,最終的に東京を救う手立てなどなかったと思われる。

 ともあれ。統計資料に基づく解説とは別の形で,太平洋戦争末期の東京を語る記録として,本書はたいへん興味深い。内田百閒の作品の一つとして読む場合,いささかキワモノっぽいことは否めないものの,「私の懐にお金が余つて残るなどと云ふ事は物心ついて初めてだが,をかしな事になつたと思つたらそのお金で買ふ品物が無くなつてゐる」といった自己言及は,本書が扱う状況ならではの吐露だろう。ここで紹介した,旧かな遣い(「戦争に負けたからといってかな遣いまで変えるのはおかしい」と発言したのも百閒の有名な逸話だ)の中公文庫版は残念ながら在庫が残り少ないようだが,ほかの百閒作品ともども,この機会にぜひ読んでみてほしい。

 

犬好きの吉田 茂に
毒舌を浴びせた
有名なノラ猫好き
らしいです
「これは犬ですか? どっちが頭か分からん」とか言ったそうで。

 

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■■Guevarista(4Gamer編集部)■■
無駄な読書の量ではおそらく編集部でも最高レベルの4Gamerスタッフ。どう見てもゲームと絡みそうにない理屈っぽい本を読む一方で,文学作品には疎いため,この記事で手がけるジャンルは,ルポルタージュやドキュメントなど,もっぱら現実社会のあり方に根ざした書籍となりそうである。


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http://www.4gamer.net/weekly/biblo/008/biblo_008.shtml